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新しい旅の始まり 

昨日、念願のヒプノセラピスト養成講座が始まった。

私も学ぶ!!と決意した日からワークが始まっているんじゃないか?と思う位様々な気付きが起きた日々を過ごした。

昨日の内容は序章。
かおるさんの思いや、技術や知識以上に忘れてはならない大切な事があるという事を教えてもらった。
そして、人とは何らかの催眠状態にあると。

無意識。
心理学を学んだ私は、無意識は怖いモノと思い込んだようだ。
ユングは言っている。
「無意識には素晴らしい可能性がある」と。
確かに、顕在意識を見えない力で引っ張る「心理学的ゲーム」に焦点を当てて学んだし、人生脚本における無意識の力が怖かった。
何故なら、その威力は全てをも破壊するのだから。
心理学での教えの中にも、無意識とはドロドロとした醜い部分だけではなくて、素晴らしい可能性がある。とあった。
うん。今思い出した。
だけど、私は、「ドロドロとした醜い部分」というところをインプットしていたようだ。
えぇ。これ、催眠ね。もれなく思い込み。

本当に無意識のドロドロ部分は全てを破壊する威力があるのだろうか?
もしかしたら、そう思い込んで強化してるだけではないか?

私は思う。

この世に本当に怖いモノはない。
もし、怖いモノがあるのだとすれば、それは私が作り出した幻だ。
その幻を強化するために生きてきた。
苦しくて苦しくて、辛くて辛くて、生きているのが嫌だ。
なんでこんな人生なんだ。
自己の尊厳や存在意義、はたまた生まれてきた意味さえも覆い隠し忘れさせるくらいに自分に暗示をかけた。

それは何故か?

自分という存在がいかに尊くて素晴らしいかを思い出すために。
その中から自分の使命を導き出すために。
自分は光で愛そのものだと目覚めるために。

ということは、私が恐れおののいていた無意識というものは、実は全て愛なのではないか?
素晴らしい可能性がある。という事を知るためには、ドロドロとした醜い部分が必要だった。
それを私は知っていた。
そして、人は皆、それを知っている。

かおるさんは、思い込みの事を「負の催眠」と表現した。
私は、人生脚本における禁止令を負の催眠と捉えた。

無くしてしまいたい!!と疎ましく思っていた。
今でも正直そう思う。

だけど、疎ましく思う必要はないのだなぁ。とそれさえも許したい。
そして、必要悪の役割をしてくれた私の無意識に敬意すら覚え、感謝の念が湧く。

そして、私がすべき事。

まず、思い込みに気付く。
そして、その思い込みに対して必要以上に怯えることなく、
「そっかー。そんなふうに思ってたんだね。」とただ受け入れたい。

最後に、私は「学びとは苦しいのもでなければならない」という自身の思い込みに対して
「学びとは楽しいモノだ。楽しく学んでも良い」という許可を出しこの旅を進めていきたいと思う。







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